第7回 「民主文学」 新人賞発表




かなれ佳織 「回転釜はラルゴで」が受賞

選考経過
 第7回民主文学新人賞は2007年1月末日に締め切られ、小説65編、評論2編、戯曲4編の応募がありました。すでにお知らせしましたとおり、第一次選考通過作が小説13編、評論1編、戯曲1編となり、3月31日に選考委員会が、牛久保建男、能島龍三、平瀬誠一、宮寺清一、宮本阿伎の5委員出席のもとに開かれました。そしてまず、小説7編、評論1編の最終候補作品を選び、その中から次の受賞作を決定しました。作品は「民主文学」07年6月号に掲載されます。

最終候補作品
   <小説>  山口  健 「ジンタン」
        石井  斉 「目の輝き」
        加藤  長 「梅の屋の若者たち」
        かなれ佳織 「回転釜はラルゴで」
        佐山 史生 「やがて風の中へ」
        三浦 協子 「深夜の果て」
        長谷川奈緒子 「未完の絵」
   <評論> 馬場  徹 「農の詩学へ」


新人賞(記念品および賞金十万円)
 <小説>
     かなれ 佳織  「回転釜はラルゴで」
 
 ●1954年愛知県生まれ。愛知県名古屋市在住
 ●受賞のことば
 晴天の霹靂、とは、こういうことでしょうか。受賞という、雷に打たれたような衝撃を感謝しつつ、これで、「給食があぶない、多くの人に現状を伝えてほしい」という声に、少しでも応えられるだろうか、とほっとしています。また、他人の力を借りるのが苦手なわたしに、力を貸して下さった、たくさんの方や、歩き始めたばかりのわたしに、大きな一歩を与えて下さった選考委員の方々に、心からお礼を申し上げたいと思います。

佳作
  <小説>
     三浦 協子 「深夜の果て」
      (1965年北海道生まれ。青森県弘前市在住)
  <評論>
     馬場  徹 「農の詩学へ」
      (1952年愛知県生まれ。愛知県岩倉市在住)


 〔選評〕

 選評
                         牛久保建男
 入選作はすぐに決まるというわけにはいかなかった。しかし、議論をへるなかで、最終的に、かなれ佳織さんの「回転釜はラルゴで」に全員が一致したことを喜びたいと思う。
 「回転釜はラルゴで」は、学校給食調理員として一年契約で雇われた二十一歳の女性の成長をみずみずしく描いた作品である。親から疎まれ、学歴社会の軌道にのれず、人生のトバ口で迷路にはまりこんだ若者の孤独な心と成長が丁寧に描かれている。だれにも認められない「よだか」にはなりたくないという彼女の思いは切実に訴えるものがあった。年輩の調理員たちもよくとらえられ、とくに労働の描写に生彩があり感心させられた。視点の問題など弱点もあるが、大きな傷とは思えなかった。
 三浦協子さんの「深夜の果て」は、それぞれに人生の重荷を背負った男女の物語で、その孤独な風景はよく描かれている。人間を切り捨てる現代社会の一面が印象深く捉えられている。しかし、全体が思弁的で、それを支える説得力に欠けているのではないか。結末に苦悩を乗りこえる核として神≠フ問題がでてくるが、心の問題として解決できるほど提起されている問題が軽いとは思えなかった。馬場徹さんの評論「農の詩学へ」は、日本文学に流れる農の問題が人間精神の根本に関わることに着眼し、それが新しい言葉を生み出す力になるという主張に新鮮さがあった。文章もきびきびしていていいが、小説を押しのけて入選とするには、評論のハードルは高いと思った。評論、戯曲など部門別に考える必要があるのではないかと問題提起しておきたい。
 すてがたい作品として加藤長さんの「梅の屋の若者たち」があった。チェーン店で働く若者たちの組合結成と闘いを描いてよくまとまっているが、人間を描くことより、出来事を描くことに重きがおかれていて文学的感動にはいたらなかった。しかしこれは書き続けていくなかでこそ、乗り越えられる課題でもあるだろう。


労働現場での人間の成長
                          能島龍三 
 優秀作に選ばれた、かなれ佳織「回転釜はラルゴで」は、学校給食の現場とそこで働く人たちを生き生きと描き出している。一年契約の若い調理員である柚羽(ゆう)が、異物混入や先輩の火傷などの事件を通して、人生や労働に正面から向き合うようになっていく、その流れがいいと思う。一見反社会的に見える若者も、人間として輝く部分がある。それを引き出したのは、温かさと厳しさを持つ労働現場の仲間だった。表現の工夫が必要と思われる所もいくつかあるが、登場人物の形象は確かで、それぞれが個性的に描き分けられている。今後に期待できる書き手である。
 佳作の三浦協子「深夜の果て」は、自閉症の息子を施設に入れ、妻とも別居した男性の物語である。彼は、息子を愛せなかったことや、妻と息子の苦しみに寄り添わず、そこから逃げ出したことに強く苦悩している。彼は工場の夜の警備の仕事で、一人の女性労働者に出会う。彼女は少し前に、障害を持って生まれた子を亡くしていた。文章がよく、情景や心理の描写力も群を抜いているが、男性の苦悩が、その女性の「啓示」によって「救われる」方向に向かうかのような、観念的な結末になってしまったことが惜しまれる。
 評論の馬場徹「農の詩学へ」は、芭蕉の俳句から説き起こして、数々の日本の文学作品の農業との関係を論じ、その中に民主文学会の旭爪あかね氏の小説を、新しい価値と可能性を持ったものとして位置づけている。日本の農業と文化、農業と文学との関わりを深く考えさせられる内容になっている。  
 選からは漏れたが、山口健「ジンタン」もさわやかな味わいの作品だった。野球少年たちと、肢体が不自由な少年の心の交流が温かく描かれていて好感が持てた。
 石井斉「目の輝き」は異色の作品で、統合失調症の夫婦が自殺未遂の中学生を助ける話だ。苦悩を突き抜けた夫婦の明るさが、少年の心を動かすという作りに説得力があった。


 選考を終えて
                         平瀬誠一 
 今回の新人賞は、第一次を通過したそれぞれの作品に一長一短があって、選考に難渋した。
 私は比較的難点の少ない山口健「ジンタン」を受賞作とし、評論の馬場徹「農の詩学へ」を佳作として選び、最終選考にのぞんだ。しかし、かなれ佳織「回転釜はラルゴで」を一貫して、強力に推輓する選者がいて、その勢いに圧倒されて、受賞作とすることに同意した。結果としては、新人賞にはふさわしい、妥当なものであったと思う。小学校の給食調理員の労働と生活を単純化せずに描いていて、「うっぜっ」などと口走る若い主人公の今様の生き方が面白い。背景に現在の臨時雇いの労働現場を刻み込んでいるのも、この小説の魅力のひとつであろう。
 佳作には「農の詩学へ」と三浦協子「深夜の果て」が選ばれた。
 前者は、農業をモチーフとした日本の近代文学──国木田独歩、長塚節、小林多喜二、宮沢賢治、久保栄、木下順二、幸田文らの作品を「飛び石づたい」に論じながら、結論的には旭爪あかね氏の『稲の旋律』と『風車の見える丘』の作品世界の到達の新しさを立証しようとしたもので、なかなかの力作である。後者は、妻と別居し自閉症の息子と別れた誘致企業の警備員の主人公と、その工場で働く夜勤者の女性との静かな交流を描いたもので、その刻まれる哀感の深さは人生を感じさせる。しかし、この作者の二つの近作には及ばないという印象があった。
 その他、入選には至らなかったが、加藤長「梅の屋の若者たち」は、題材及び主題にきわめてアクチュアリティのある作品である。しかし、労使関係がトントン拍子で展開してしまうという弱点があった。出来事を描くというよりも、人間を深く描くところに小説というものの力点があることを理解してほしい。


 感想
                         宮寺清一 
 寄せられた作品のうち私が読んだのは一次、二次選考併せて四十四編で、うち八十枚以上のものは半数にのぼった。しかし通して入選作として推すにはそれぞれ一長一短があり、強く印象づけられる作品はなかった。それで私は加藤長「梅の屋の若者たち」を推すつもりで最終選考にのぞんだ。突然リストラされるという事態に直面した牛丼チェーン「梅の屋」の若者たちが首都圏青年ユニオンに加盟、その指導を受けつつこれを撤回させるにいたるたたかいを描いたきわめて今日的な題材の作品であった。しかし全体として記録風で人物形象の甘さなど指摘されて入選にはいたらなかった。
 いくつかの作品を対象に論議が深められるなかで入選作にかなれ佳織「回転釜はラルゴで」に決まった。筆力もある作者で私も異存はなかった。四百食の給食を三人でつくる調理場はさながら戦場≠思わせる。しかも心に屈託を抱える二十一歳の《柚羽》は契約社員の見習いである。なにかと齟齬をきたしながらもベテラン調理員の多美、律子とのかかわりの中で成長していく姿が印象深くとらえられている。そしてこの職場もまた校門の監視カメラに象徴される管理された教育現場のひとつの形でもあるのだろう。
 佳作の三浦協子「深夜の果て」は若い作者のこれからに大いに期待されるところであり、馬場徹の評論「農の詩学へ」はまさに《林業や漁業をふくむ「農」と文学とのかかわりは今日の問題》であり、今後さらに追求していくべき課題であるだろう。筆者は連続して応募されており、評論は久々の入選であった。それを喜びとしこれからに期待したい。
 自分の絵を描けといい残して「戦火の中の人たちを描きたい」とベトナムに向かった婚約者を描いた長谷川奈緒子「未完の絵」は一九七〇年代、絵画サークルの活動を通して社会的活動に目覚めていく女性を把えている。が多くを盛り込みすぎているのが惜しまれる。


小説の描写の力
                         宮本阿伎 
 「回転釜はラルゴで」は、一年限りの契約で「学校給食調理員」として雇われた二十一歳の柚羽が、定年間近の多美や共働きの四十代の主婦律子と四百食の給食をつくる毎日を過ごすうちに、自分にも何かできると気づく青年の成長をテーマとした作品である。化粧と異性との駆け引きしか知らない若い娘が、学校給食の調理室にまぎれこむミスマッチの面白さを発見した作者の着眼は拍手に価する。給食現場を通して今日の現実を新しい眼で見なおさせてくれた小説の描写力を思う。視点の揺れや偶然による筋の運びなど難点も幾つかあるが、今後への期待をこめて一票を投じた。
 「深夜の果て」は、自閉症の子を施設に入れるために夫婦が別居状態に陥っている状況を描いた作品である。孤独とそこからの脱出をはかる契機を探る主題を追っているが、胸を締めつけられるような自閉症の子への描写と、孤独者が群れをなす社会から隔絶された深夜の工場の描写は秀逸である。だが後半に提出される宗教的認識とその現実がどう結ぶのかが疑問として残った。苦を背負う者は神に見込まれているのだという考え方が人を救うのは、信仰を前提としてのことだ。前半で普遍的な問題を投げかけているだけに、安易に解決の方向が示されてしまう結末は残念だ。
 評論の「農の詩学へ」は、旭爪あかねの「稲の旋律」「風車の見える丘」を、農を描く文学として位置づけ、本格的に論じた初めての論考として注目された。惜しまれたのは、旭爪作品を正面に据えて論じなかったことだ。前半の系譜をたどる箇所も捨てがたい味わいだが、構成上の工夫がいま一つ必要ではないか。
 牛丼チェーンのアルバイトたちが、個人加盟の労働組合に加盟して解雇撤回闘争をたたかう話を描いた「梅の屋の若者たち」にも感銘を受けた。記録的要素が強いという理由で受賞にはいたらなかったが、若者の無権利な雇用状況はまさに現代の核心に触れる社会問題だ。価値ある主題に挑戦している。
 
第7回民主文学新人賞第一次選考結果について

 第7回民主文学新人賞は、小説65編、評論2編、戯曲4編の応募があり、次の作品が第1次選考を通過しました。最終発表および入選作品は本誌2007年6月号に掲載の予定です。

 <小説>
  石井 斉 「目の輝き」
  磯田啓二 「いのちは寿命、殺されるのはいや」
  櫂 悦子 「ショートピースと水玉のワンピース」
  加藤 長 「梅の屋の若者たち」
  かなれ佳織 「回転釜はラルゴで」
  佐山史生 「やがて風の中へ」
  島崎まり 「日暮れまで」
  高原尚仁郎 「遺影」
  長沢 史 「はぐくむ」
  長谷川奈緒子 「未完の絵」
  三浦協子 「深夜の果て」
  矢ノ下マリ子 「見えない空」
  山口 健 「ジンタン」
 <評論>
  馬場 徹 「農の詩学へ」
 <戯曲>
  石上 慎 「朱鞠」

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