第16回 「民主文学」 新人賞

 
秋吉知弘「まんまんちゃん」が受賞

選考経過
  第十六回民主文学新人賞は一月末日に締め切られ、小説九十八編、評論七編、戯曲十編の応募がありました。五月号ですでにお知らせしたとおり、第一次選考通過作は小説十一編、戯曲一編となり、三月二十日に選考委員会が、五委員出席のもとに開かれました。そしてまず、下記九編を最終候補作品とし、最終選考を行いました。選考の結果、左記のように受賞作を決定いたしました。


最終候補作品
 小説〉
   山本 洋「連絡B」
   黒田健司「未完のパズル」
   南城八郎「賢吉と洋子」
   小山 彰「明日」
   秋吉知弘「まんまんちゃん」
   池戸豊次「寒晒し」
   かわぎりこうじ「村長への手紙」
   北嶋節子「蛍の階段」
   白河光太「紫式部の読書」


新人賞 (賞金10万円)
<小説>
  秋吉知弘「まんまんちゃん」
  (あきよし・ちひろ 一九七九年大阪府生まれ。三十九歳。大阪市住吉区在住)
  
 ●受賞のことば
 未来を思い描けなくなった時期に、「人生の物語」の大切さを実感したのが執筆の動機です。これまで支えてもらった妻には感謝しかありません。
 受賞の知らせに晴れがましさとともに、賞の重みを感じ緊張しています。
 先の見通しにくい時代にあって、未来ある子どもたちが希望を持てる社会を願い、物語の力を信じて歩んでいきたいです。





〔選評〕

小説の評価は難しい
                              青木陽子


 新人賞応募の多彩な作品を読みながら、心にうずく思いを十分に形象化できていないようで、もどかしさを感じていた。高齢の方の作品には多く戦争、それも間接ではない自身の体験が描かれている。時間が許すギリギリのところか。なぜもっと早く、と思わずにはいられなかったが、今からでも、小説や文章の書き方を学び、書き残してほしいと切に思う。

 推したい作品を決められないまま選考委員会に臨んだ。「まんまんちゃん」も出来過ぎの感は否めない。だが、戦争や核廃絶への思いを子ども(次世代)に語り継ぐことの大切さが、共働き家庭の忙しさを背景に綴られて、素直で勢いがある。新人という名に相応しいと受賞に同意した。
「寒晒し」は小説としてまず文句のない作品であるが、この作者の以前の作品と似通っていて、賞に推すには逡巡があった。できれば、全く違う作品で勝負してほしかった。「連絡B」は、普通高校から養護学校に転勤した教師の格闘を描いていて、問題の深刻さに圧倒されたが、結末に安易さや甘さを残したと思う。
「紫式部の読書」は、源氏物語に描かれる二人の登場人物を比べて現代に通ずるテーマを発見するのだが、源氏物語に馴染みのない読者への気遣いがほしかった。「村長への手紙」は、原発事故後の行政への不信を綴るが、書き手の一方的な思いに終始して客観性に欠けると思ったし、「未完のパズル」は、食品偽装に迫る部分は興味深く読めるものの、事態が観念的に推移するのが難。「蛍の階段」、「明日」はうまい作品ではあるが、作者が小手先で拵えている感じを受ける。小説を書くことは作者自身が何かを発見する過程だということを思い起こしてほしい。「賢吉と洋子」は逆に小説を創る意識が弱いようだ。人物の行動を読者が必然と受け止める叙述と展開でありたい。

 中寛信「二〇一二年秋から冬 ハルピンからのレポート」に感銘を受けた。中国人や朝鮮人を、気負いなく、人間として同じ地平から見つめる気構えに納得したのだが、第一次選考も通過しなかった。小説の評価は本当に難しい。



モチーフの強さと深さ
                             井上文夫


 小説を書くにあたって、先ず求められるのは物語の構成と人物形象であるのは言うまでもない。同時にその小説が読む者の心を捉えるためには、作者のモチーフの強さと深さが不可欠であろう。
 「私はこの作品を、こういう理由で書かずにはいられない」という動機を作者がどれだけ強く持っているか、そしてそれをいかに深く表現できるか。それが読む者を引きつける決め手になると私は思っている。
 受賞作となった「まんまんちゃん」には作者のモチーフの強さと、それを表現する描写力が備わっている。
 「うつ病」から完全には快復していない「私」は、社会復帰のために療養型病院でパートをしている。人と関わるのが得意でない「私」が、他者との交わりを拒否している入院患者の橋本さんに意を決して話しかける。優しく声をかけたつもりだったが橋本さんは激しく反発する。途方にくれる「私」のとまどい、「私」を側面から助ける看護師長の森口さんの心遣い、そして橋本さんが長い間心にしまい込んでいた思いを吐き出すまでの心情の変化。橋本さんの描写がやや性急な面はあるが、この三人の絡み合いが、巧みに表現されていると私は思った。

「寒晒し」は、何気ない日常を、ちょっとした出来事を通して情感深く描いている。
 舞台となった奥美濃地方の風景と人々の暮らし、逝ってしまった人々の思い出などを織り交ぜて重厚な作品になっている。雪の情景が効果を上げている。作者の筆力を感じさせた。
 「連絡B」はモチーフの強さと深さという点では、受賞作の「まんまんちゃん」に匹敵すると思った。子どもたちとの触れ合いのなかで成長していく洋一の変化が鮮やかであり、引きつけられた。最後の卒業式の場面がやや冗長になったのが惜しまれる。

 選外になった作品では、黒田健司「未完のパズル」が印象に残った。スケールの大きい作品に挑んだ意欲は評価できるが、説明に終始している箇所が散見された。次作を期待したい。


新しい書き手への期待
                              乙部宗徳


 四年ぶりに選考委員を担当したが、今回は応募数だけでなく、掲載水準と考えられる作品も多かった。最終選考に推す作品を選ぶうえで、私は改めて新人賞の目的を考えて、「まんまんちゃん」「村長への手紙」「未完のパズル」を選んで選考に臨んだ。
 新人賞の「まんまんちゃん」は、戦争体験を引き継ぐことの大事さを、療養型病院でパートの仕事をする南を主人公として、妻の美樹と息子の拓の家族の日常の中に描いている。「手っ取り早く」就いた介護の仕事で、その仕事の意味をつかんでいく若者の変化を、普段の言葉でとらえようとしているところに好感をもった。作品をよりよくするために考えるべきことはあるが、このことを伝えたいという作者の強い思いが感じられた。

 佳作の「寒晒し」は、「鹿を殺す」(一六年九月号)と同じ設定で描いている。前作の方が枚数の制限もあったためか緊密度が感じられた。この作品を掲載することに同意したものの、通常投稿でよかったように思う。すでに掲載の実績をもつ人が、新人賞に挑むことに問題はないが、その際は主題や方法など新しさを感じさせるものがほしいというのは個人的な希望である。
 同じく佳作の「連絡B」は、校種間交流で養護学校に配属になって三年目の教師を主人公にしている。数値の誤りや障害児をもつ親の心理の描き方など、気になることが多く、推せなかった。

 「村長への手紙」は、東京での生活を切り上げて田舎暮らしに憧れて福島に移住した高齢の夫婦が、福島第一原発事故に遭遇し、その後の避難生活を強いられている思いを切々と訴えて迫力があった。
「未完のパズル」は、国産牛肉を用いたブランドシリーズに外国産牛肉を使う食肉偽装の問題を題材にしていて興味深く読んだ。アンコールワットへの旅行の部分が、作品全体の印象を弱めている。偽装を強いられる労働者の葛藤や労働組合との交渉の部分をじっくり描いてほしかった。
応募作の幅も広がっている。今後も新たな書き手が生まれてくることを予感させる選考であった。


葛藤が人物像を浮き彫りに
                              仙洞田一彦


 戦後長く平和が維持されてきたのは、膨大な数の戦争体験者の体験そのものが持つ力が大きかったのではないだろうか。実体験を語れる人がきわめて少なくなっていることが、再び悲惨な道へと傾斜させているとすれば、記憶の継承は大切なことだ。秋吉知弘「まんまんちゃん」は日常の生活を描きながら、戦争体験、被爆体験の継承を問うている。主人公南優志は療養型病院でパート勤めをしている。優志のふとした言葉がきっかけで、入院患者の橋本功は長崎での被爆時の体験を話す。橋本は言い残したことを話して安心したのか、間を置かずに亡くなってしまう。書き出しのたんなる地名の紹介のように見える「西成」の説明も、後の、橋本の言葉「地獄」と対応している。題名の「まんまんちゃん」は橋本の願いをかなえて欲しいという祈りにも通じている。優志の家族の暮らしぶりは丹念に描かれている。橋本の体験話が唐突に感じられるのは、優志と橋本との葛藤が浅く、橋本の実在感がやや不足しているせいではないだろうか。

 山本洋「連絡B」は、主人公の安田洋一が「普通高校から校種間交流で養護学校に転勤」し、戸惑い、焦りの日々を送り、普通高校に戻れる日を心待ちにする。しかし、戻れる三年目になっても洋一は戻らない。鍵となるのは洋一の内面が「戻る」から「残る」にどう変わって行ったかが描かれているかどうかであろう。さまざまな洋一の奮闘が描かれているが、並列的な提示にとどまってしまっているようである。
池戸豊次には、本誌二〇一六年九月号掲載の「鹿を殺す」で、その土地の情景、雰囲気といったものを描き出すのが上手な作家だという記憶があった。応募作品「寒晒し」も「死」にかかわる情景、話題が重ねられている。その中に直次がトラックに積んだ荷にロープを掛けるときに、滑って倒れ、後頭部を打った話が折り込まれる。このあたりに抜かりなさを感じる。すぐに退院できたが、死に瀕した出来事と言える。書き慣れていると思うだけに、もうひとつ物足りなさを感じた。


小説の内容的価値

                                 宮本阿伎

 池戸豊次「寒晒し」を新人賞に推すことにして最終選考に臨んだ。「鹿を殺す」(本誌 二〇一六・九)や前回新人賞で最終選考に残った作と比べれば精緻を極める度合が少々減じた印象があるものの、小説の要件としての描写力が抜きんでていると思った。家族構成や鹿の死に様を置くなどの設定は以上の旧作と重なるが、作毎に中心的な場面設定を施し、新たな主題を付加していることに連作という言い方はあろうとも作品の一話毎の完結性は確保されている。

 山に覆われた盆地の村で水道屋を営む直次は仕事中頭を打ち、だが鹿を殺す「とどめの一打」が自分に及ぶのを何かが止めてくれたことを思い、人は他者や自然、風土に守られて生きているという切なさを実感する結末を持つこの作品に、出来映えのよさは認めるが、訴えるものが希薄だという意見が出された。

 大正十一(一九二二)年頃、「内容的価値論争」が菊池寛と里見クの間で交わされたが、菊池寛が言った「芸術的価値と内容的価値とを共有」した作品が理想だという言葉は今にも通じる。「寒晒し」にも「内容的価値」が十分にあるが、沈潜させられている。
結局メッセージ性を強く込めた、秋吉知弘「まんまんちゃん」が新人賞らしいという意見が大勢を占め、同意した。うつ病の療養中福島県へ復興ボランティアに行って知り合った看護師である女性と結婚、社会復帰して療養型病院の介護職に就いている「私」が我が子の保育園の送り迎えをするなどの明け暮れを描く小説のクライマックスは、主人公が介護を受け持つ原爆体験者が重い口をひらく場面だ。恐らく作者と等身大の「私」でありながら体験そのままの作品にしなかったのは、「内容的価値」が重要だという創作姿勢を作者が持っていたからだと思う。「芸術的価値」の探究も怠らないでほしいことは、山本洋「連絡B」に対しても言いたい。普通高校から校種間交流で養護学校に転勤してきた教師の視点から養護学校の現実が描写されているところに新味があり、読者をそらさない書きぶりも注目されたが、最終場面で人物達の長口舌が続くのは惜しい。原発事故以後の避難生活を描く、かわぎりこうじ「村長への手紙」他、佳作として掲載したい作品はまだある。力こもる作品を寄せて下さった方々に感謝を申し述べたい。

 
第16回「民主文学」新人賞第一次選考結果について

 第十六回民主文学新人賞は、小説九十八編、評論七編、戯曲十編の応募があり、次の作品が第一次選考を通過しました。最終発表および入選作品は本誌六月号に掲載の予定です(順不同)。

〈小説〉
山本 洋「連絡B」
松尾喜生「実の成る樹たち」
黒田健司「未完のパズル」
南城八郎「賢吉と洋子」
小山 彰「明日」
秋吉知弘「まんまんちゃん」
池戸豊次「寒晒し」
かわぎりこうじ「村長への手紙」
北嶋節子「螢の階段」
白河光太「紫式部の読書」
有汐明生「玉造住宅秘話」
〈戯曲〉
鈴木正彦「なりすまし」

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