第14回 「民主文学」 新人賞
 
「該当作なし」、佳作に3編

選考経過
 第14回民主文学新人賞は1月末日に締め切られ、小説82編、評論6編、戯曲6編の応募がありました。すでにお知らせしたとおり、第一次選考通過作は小説10編となり、3月24日、五委員出席のもとに選考委員会が開かれました。選考委員会はまず、下記5編を最終候補作品として選び、最終選考を行いました。その結果、「受賞作なし」とし、佳作3編を選びました。作品は「民主文学」6月号に掲載されています。

最終候補作品
  <小説>
   黒田健司「瓦礫の下の声を拾って」
   杉山まさし「譲葉の顔」
   岩田素夫「亡国の冬」
   野川 環「銀のエンゼル」
   田本真啓「ケルベロスの牙」
新人賞
   該当作なし
佳作
  〈小説〉
   岩田素夫「亡国の冬」
    (いわた・すなお 1934年岐阜県生まれ。東京都調布市在住)
   野川 環「銀のエンゼル」
    (のがわ・たまき 1979年千葉県生まれ。埼玉県所沢市在住。民主文学代々木支部所属)
   杉山まさし「譲葉の顔」
    (すぎやま・まさし 1965年北海道生まれ。栃木県下都賀郡在住。文学会準会員)

〔選評〕
 選評                           風見梢太郎
 ぜひ新人賞に、という作品を見つけることができなかったのであるが、池田誠一「きらめく鉄粉」、杉山まさし「譲葉の顔」、馬場雅史「ポパイがいた」、岩田素夫「亡国の冬」、野川環「銀のエンゼル」を最終選考に残す作品と考えて選考委員会に臨んだ。
 討論の結果、新人賞はなく佳作三作となったが、異存はない。「亡国の冬」は、素朴な筆致ながら、一家の柱を奪われた家庭の様、父が刑務所から帰ってきた時の家族の気持ちなどが作り物でないリアルさで描かれているところがよいと思った。昨今の危険極まりない政治状況の下、きわめて現代性を持つ作品でもある。「銀のエンゼル」は、現代のリストラを描く力作だが、妻の癌、娘の引きこもりといった性格の違う困難を重ねたことが作品の凝縮力を弱めてしまったように思う。この作者の持つ潜在的な力を大いに期待して佳作とすることに同意した。「譲葉の顔」は、似顔絵を描く過程が丁寧に分析されており興味を持った。戦争を知らない世代が戦争や被爆体験を書こうとする努力は尊いものであると思う。作者の想像力を私は買うが、広い意味の取材を深めると、よりリアリティのある作品になったのではないだろうか。「ポパイがいた」は、アイヌのポパイの形象がよいと思ったが、終盤が「政治演説」のようになってしまったのが惜しい。『民主文学』の新人賞はこう書かねばならない、という「誤解」のようなものがあったのかもしれない。「きらめく鉄粉」は六〇年代の謄写版会社の倒産を扱っている。関西の庶民の言葉が独特の雰囲気を醸し出しており、また零細な工場の労働現場が生き生きと描かれていて心に残る作品だった。
 戯曲では、孤独な癌患者が共同で生活するボランティア施設を描く藤神隆志「黒い雨」が面白かった。施設を運営する個性的な会長の魅力がこの作品を支えているのだが、この人物のある種の「美化」が通俗性につながっているかもしれない。

 受賞作が出なかったのは残念              田島 一
 新しい書き手の輩出に胸をわくわくさせながら選考に携われるのは、新人賞の選者として冥利につきる。そういう意味でも今回、受賞作が出なかったのは残念であった。佳作として選ばれた、岩田素夫「亡国の冬」、野川環「銀のエンゼル」、杉山まさし「譲葉の顔」の三篇についても、それぞれ難点があり選考委員諸氏の間で意見が分かれ、論議の結果落ち着いたものである。
 主人公のリストラ、妻の末期癌、引きこもり娘の自殺未遂という重いテーマに挑んだ、「銀のエンゼル」の作者の意欲は多としたい。が、いずれも未消化のまま作品が閉じられていることに憾みが残った。
 同じく「譲葉の顔」は、戦争体験を有しない世代による独特の挑戦として注目したが、故人の思い出を伝え、絵をつくりあげていく過程の分かりにくさや、登場人物の語りで描かれる世界の形象の希薄さなどが指摘され、支持が得られなかった。
 一次選考から応募作を拝読し痛感したのは、体験と思われる事象を書いて、他者に伝えようとするモチーフの強さであった。しかし小説がいかに自由な散文形式による表現だとしても、芸術創造であるかぎり、読者の胸に響く魅力が求められる。文学会に入会していただき、文学教室や支部で鍛えれば、いいものを生みだしていけるのにと感じられる作者も少なくなかった。修練を積み重ねてくださればと思う。
 選外となった作品では、阪神・淡路大震災時に開設された「働くものの一一〇番」の相談員として派遣された労組活動家を描いた、黒田健司「瓦礫の下の声を拾って」の爽やかな筆致に好感が持てた。
 評論において、一次選考通過作品がゼロであったのは寂しい。文芸評論として成立するには、何を論じるかの主題意識と論理を組み立てる構成、そして具体的考察が重要である。だが、テーマが絞り切れていないなど基本的なところで躓く論考が散見された。論文の書き方という点での熟考を望みたい。

 新しい文学の芽に期待                  三浦健治
 若い世代の応募が昨年より少し増え、作品も全体的によくなったと感じた。
 岩田素夫「亡国の冬」は空襲下、食糧不足に苦しむ一家が少年の視点で簡潔に描かれている。ふつうの会社員のような父が治安維持法違反で一年間投獄され、病を得て出獄し病死する。理不尽さを声高に語らず、たんたんと描写しているところに好感をもった。しかし物語展開としてクライマックスが弱く、やや平板な印象を受けた。小説の造形よりも少年期に見た戦時下の社会状況を記すほうに気持ちのウェートがあったからだろう。空襲のニュースのような終わり方、タイトルの付け方にもそれはあらわれている。一編の小説としては、父の投獄、病死の物語を掘り下げて描いたほうがよかったと思う。
 野川環「銀のエンゼル」はローンで家を買い、生活の安定とつましい幸福が手に入るはずだったのに、妻の末期癌、主人公の退職勧奨、高校生の娘の引きこもりと親子断絶など八方ふさがりに陥り、そこから一歩前に進む物語である。会社の出す、少しはましな退職条件に乗るか、労働者全体の利益のためにたたかうか、という主人公の心の揺れの描写に才気を感じた。しかし暗転から曙光を見出す転換に図式性、つくりものっぽさも感じた。三重苦の転換の各々に緻密なリアリティが不足しているからだと思う。
 田本真啓「ケルベロスの牙」は選者のわからない言葉が頻出し、否定論が強かった。しかし表現力は卓越しているので、わからない言葉を調べて読んだ。それは31歳の作者の世代のゲーム、アニメの言葉だった。いじめで不登校になり、病んだ心をバーチャル世界の幻影で表現する女子高生を救済しにいく物語である。社会通念で諫めるのではなく、少女の心の闇に入って。しかし日常のリアリズムからシュールな世界に迷い込んだまま終わったのが残念だった。足なし、足の爛れ、靴がないなどのイメージは少女の不登校の幻影的口実と理解されず、相互矛盾と読まれるきらいがあった。
 文学の言葉は他世代にも届く普遍性が求められることに気づいて欲しい。

 芸術作品としてのいとなみ                 宮本阿伎
 「新人賞なし」は、選考委員全員の一致した結論だった。画竜点睛を欠くという言葉があるが、たとえ粗削りであってもどこから見ても新人賞にふさわしいと感じさせる決め手がほしい。五人の委員のうち四人が佳作に推した岩田素夫「亡国の冬」の作者は八十二歳だが、小説を書こうとする意識が働き、芸術作品としての読ませどころを知悉している。戦時下、父親が治安維持法違反容疑で獄中に囚われ、母親も脳溢血の後遺症があり、五人の子のうち上の三人の兄弟が雪降りの宵夕餉の仕度をする光景が眼前にまざまざと見えてくる味わい深い小説である。子たちが呼ばれ父親と会う場面は殊に印象的だ。時代背景がやや一般的であることが惜しまれる。
 野川環「銀のエンゼル」は、早期退職勧告を受け、社内の物置小屋のような部屋に隔離されている四十歳の主人公が、そのことを妻に言い出せずにいるうち、二年前から乳がんを患っている妻に余命半年の宣告が下る事態に遭遇し、自室に閉じこもる十七歳の長女は両親の苦境などどこ吹く風とばかり反抗を繰り返すなど、何重苦にもわたる日常の破れ目が映し出されている。悲劇の連鎖はなおも続くが、現代社会の歪みや暗黒面を仮借なく掘り下げる意欲と筆力を感じさせる反面、筆が滑りリアリティの上に難が生じていること、構成上の手続きが不十分なまま視点を変える箇所があることが気になった。
 若い書き手の応募が少ないなか、実は「亡国の冬」に加え、野川作品か、杉山まさし「譲葉の顔」のいずれかを佳作に入れたいと考え(両方でも構わなかったのだが)、迷いつつ杉山作品を選び最終選考に臨んだ。「譲葉の顔」は、よく考えられた構成をもち、文章の結構に破綻がないと認めての選択だったが、メッセージ性を小説の第一要件と考えている節があり、東日本大震災によって引き出された、広島の被爆、三月十日の東京の大空襲など、どこかで聞いたことがあるような思い出話を人物たちに語らせてゆく運びに作為の過剰を感じたことは否めない。選考委員の一人が、描写によって読者を引き込むのが小説の小説たる所以だと描写力の弱さを批判したのは尤もだと思った。但し作中に展開される肖像画の描き方に関する語りを面白く読んだ。
 評論は、草野一哲「昭和のもうひとつの悲劇・三島由紀夫論―『英霊の声』を中心に─」、白樺英樹「辻井喬の文学をどう引き継ぐか」、宍戸ひろゆき「『火花』を読む」の三編に注目した。いずれも各様の意味あいにおいて一歩及ばずだが、再挑戦を期したい。

 選評                          吉開那津子
 新人賞入選作品を選び出せなかったのは、残念であった。
 選外佳作として、わたしは岩田素夫「亡国の冬」を推した。他の委員の推挙もあって、野川環「銀のエンゼル」、杉山まさし「譲葉の顔」も佳作とすることになった。
 「亡国の冬」には、小説としての瑕疵がないわけではないが、他の応募作品にはみられなかった小説を表す心のようなものが、感じられた。
 作品は、治安維持法違反の疑いにより、父親を獄中に奪われた兄弟三人が、母や幼い妹と共に、貧しい家中で営む生活を描いている。軍国主義教育の直中にあった少年たちの意識と、ひたむきな生活者であることの矛盾を作者はよく描き出した。この一篇は、長男耕吉によって捉えられた世界とし、視点を他の人物へ動かさない方が、叙述が一貫しただろう。病を得て出獄する父親の人間像を、もう少し深く彫琢してほしかった。後半は、さらに数枚の紙幅を使って、より細密に描けたのではないか。結末を急ぎ過ぎたきらいがある。
 「銀のエンゼル」は、現代を生きる労働者とその家族の苦悩を描こうとしたものである。作者の意欲は大いに買うところだが、一篇の小説に多くの問題を盛り込み過ぎたのではないだろうか。また、それらの問題の解決の方向もあまりに安易に描かれてはいないか。主人公の視点から描き切れなくなると、突如として視点を娘へ移動させることなどは、小説の技法として避けなければならないことである。この小説で、何を表現したかったのか、作者には、自分の内面をもう一度深く探ってみることをすすめたい。
 「譲葉の顔」は、一点の肖像画の出来あがる過程を説明しようとしていた。説明、或いは分析といってもいいだろう。理窟で、絵を描く心を捩じ伏せようとしているように、わたしには思われた。
 一点の絵は、このような過程を経て、描かれるものだろうか。わたしには、少なからぬ疑問の残った作品であった。 
  
 第14回「民主文学」新人賞第一次選考結果について

 第14回民主文学新人賞は、小説82編、評論6編、戯曲6編の応募があり、次の作品が第一次選考を通過しました。最終発表および入選作品は本誌六月号に掲載の予定です(順不同)。

〈小説〉
 川瀬千文 「埋火」
 池田誠一 「きらめく鉄粉」
 黒田健司 「瓦礫の下の声を拾って」
 杉山まさし 「譲葉の顔」
 馬場雅史 「ポパイがいた」
 かわぎりこうじ 「笑う蟻」
 岩田素夫 「亡国の冬」
 鬼頭洋一 「代々木八幡」
 野川 環 「銀のエンゼル」
 田本真啓 「ケルベロスの牙」

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