「近・現代文学研究会」 第111回(2010年9月)


   水上勉 「リヤカーを曳いて」  
 

 九月三十日(金)に文学会事務所会議室で行なわれ、十四名の参加であった。
 水上勉の「リヤカーを曳いて」がテーマで、司会は岩渕剛氏、報告は亀岡聰氏で行なわれた。
 十枚程度の掌編小説で、前書きに昭和二十年八月十五日の話ですと、その日を浮き彫りにしている。主人公は福井県若狭の実家に疎開し、近所に友人の山岸氏一家も疎開していた。
 山岸氏は疎開先から召集され、主人公は残された妻と二人の子どもを宜しくとたのまれていた。極端な食料不足で山岸氏の妻と子は、川エビや泥ガニを食べ、母親がチフスになり高熱を出していた。隔離病院に入院しなければならず、役所で証明書を書いてもらったが、チフス患者と書いてあった為、小浜駅で列車の切符を売ってもらえず、父親と二人でリヤカーに病人を乗せ、急な山坂の道のりを運んだ。天皇の詔勅で戦争が終わったのを知ったのは、病人を入院させた後であった。
 この小説は声高に反戦と叫んではいないが、戦争のもたらした悲劇を訴えている。
 亀岡氏が用意したレジュメは、水上勉の生い立ちと経歴があり、作者自身の小説世界に影響していると報告がされた。また地図によって、小浜から若狭本郷の道程が分かり、主人公の父親の持病の痔ろうが飛び出し、それを何度も肛門の中に押し入れながらリヤカーを曳く姿には心が痛んだ。途中の湧水がある崖の上で、麦めしに沢庵二切れの弁当を親子で食べる場面は、若狭の美しい風景が目に浮かんだ。
 討論では、水上文学は弱者の目線に立って描かれた作品が多く、ドラマ性があり、辻井喬氏は、日本の文学を回復させたと言っている。作者は小説を書く為に四千冊の本を読んでいて語彙が豊かである等の発言があり、かつて民主文学会の講座で講師を務め、プロレタリア文学にも影響を与えた作者の作品に、もう一度触れてみたいと思わせる研究会であった。
 
   (中川なごみ)    

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