「近・現代文学研究会」 第97回(2007年9月)


   李恢成 『砧をうつ女』  
 

 第九十七回目の研究会は、在日韓国人として初めて芥川賞を受賞した作家李恢成氏の受賞作品『砧をうつ女』(一九七二)をテーマに、九月二十日民主文学会会議室で開かれ、十人が参加した。
 物語は九歳の、蛸踊りの得意な、たえずおねしょをしてはお仕置きをされている少年が、母親と死別する前後の情景を思い出しつつ、祖母の、若き日の娘を語る身勢打鈴(シンセタリョン=身の上話。節をつけて語る)を聞き、三十三歳で世を去った母親の人間像を浮き彫りにしたもの。ちなみに作中の母の名は、作者の母の実名である。
 報告者の土屋俊郎氏は、「特に劇的展開があるわけでもないし、話の筋もたどりにくい。しいて言えば、砧をうつ音のひびきのなかに立ち上がってくる女の姿だろうか。これは、作者李恢成の心深くに宿った在日朝鮮人の悲しみの表出であろう。作者のその思いは、全編に、思い切り分散されて投げ込まれている。書き出しは、抑制されていて、なお力強く、祖母の身勢打鈴は本編の圧巻」などと語った。参加者からは、
 「李恢成は大好きな作家。書いたものは殆ど読んでいる」「母親に対する子どもの心、子どもを仕付ける母の厳しさ、ユーモア、ノルテギ(板跳び)やシュウセン(ブランコ)など朝鮮特有の遊びや風習、しきたりなど実によく描かれている」「いい作品。題がとてもいい。砧をうつ女は、日本でも万葉集や能に描かれているが、朝鮮の女も日本の女も同じ。人としてちゃんと生きようという思いが伝わる」
 植民地下の「在日」であるがゆえに、「夫婦喧嘩が絶えなくなった母の、死を前にして夫へ“流されないで”と語ったその言葉、父もまた、“彼女がそのような志を持ったまま死んだ女であった”と息子たちに語ったその言葉が深く心に残った」等々。叙情的でやさしい、何気ない表現の中に、読めば読むほど、時代の重みと、思いの深さが滲み出る、そんな感想を共有できた例会となった。  
 
  (早瀬展子)     
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