「作者と読者の会」 2025年06月号



                  「作者と読者の会」

六月号の「作者と読者の会」は、五月三十日(金)に行われた。第二十二回新人賞の受賞作、佳作の四作品を取り上げた。報告者は選考委員が担当した。十七人が参加。司会は乙部宗徳氏。

 受賞作の齊藤航希「タキオンのころ」は北村隆志氏が報告。北村氏は作品の魅力はどこにあるか、三点あげた。「第一に、文体。比やレトリックが巧みで、表現・構成に重層的な意味がある。第二に、興味を持てる人物像。なにより貝澤という女生徒のユニークさはこの作品の大きな魅力。第三にテーマ。青春における別れと喪失。その意味では切ない青春小説であるが、隠れたテーマは『書く決意』。本作のテーマは『喪失と出発』といえる」と報告。

 参加者からは「文章に透明感があり、場面が絵のように表現されている」「二人のセリフだけのページには切なさを感じた」。貝澤の死の理由について「書くべきだった」「この小説では書かれなくてよい」など意見がでた。作者からは「貝澤の死への意見はいろいろ聞いた。貝澤は友人でも恋人でもない存在」と述べた。

 佳作の藤倉崇晃「鍵の音は少年のよう」は須藤みゆき氏が報告。須藤氏は登場人物、作品の構成を述べ、「登場人物の個性のかき分けもわかりやすく、テーマもしっかりしていて、気持ちの変化にも矛盾はない。計算されたような緻密な構成でつくられた作品と思う」と報告した。

 参加者からは「病んでいる人間から見える現代社会への批判が表れている」「病気でも一生懸命生きている、生きていこうと立ち向かう姿がいい」「視点が変わるところが気になる」などの意見が出された。作者からは「視点の問題の指摘はありがたいと思う。統合失調症だからと特別視させるのではない社会であってほしいと思っている」と述べた。

 佳作の石崎徹「へなちょこ会長の一〇〇日間」は宮本阿伎氏が報告。宮本氏は、作品の概容を述べ、「たたかいを主題としたとき、運動の末や展開を描くことにとらわれ、手記や記録、体験記になりがちだが、この作品は人間劇として描かれていることを高く評価したい」と報告した。

 参加者からは「登場人物は多いが、よく描き分けられて、ユーモアもあり、楽しく読めた」「ドタバタした日常を楽しく読めた。セリフに人間性が出ている。地域コミュニティーの大切さを感じた」などの意見が出された。作者からは「楽しく読んでもらったのはうれしい。町内会が果たしている役割がおもしろい、身の回りにある民主主義を感じて書いてみた」と述べた。

 佳作の閏熙「北のマリア」は最上裕氏が報告。最上氏は作品のモチーフ、主題について「慰安婦をめぐる日朝間の歴史問題、信仰と愛という題材を扱っているが、根底には母の秘密(慰安婦)を自分から話すことなく、隠してきたことに対する悔恨がる」と述べ、作品の構成、あらすじを説明した。

 参加者からは、「胸を打たれた。主人公の独白のところが心情に迫ってくる」「母の事実に主人公の心情が伝わってくる。周りの人物で書き足りないところがあるのでは」「自分の背負った宿命をどう受け止めたか、肉親だからこその感情、苦悩が表れている」など出された。作者は都合で参加できなかったが、文章で発言。「慰安婦問題は『日朝・日韓』で感情的になりやすい歴史問題。ゆえに注意深く慎重に描いた。在日朝鮮人の文学はこうしたしばりを強く求められ続けているように思う」と述べた。
                          (高野裕治)
   

 
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