「作者と読者の会」 2023年06月号



                  「作者と読者の会」
 五月二十六日午後五時から約二時間、六月号の作者と読者の会が開かれた。文学会事務所とオンライン、合わせて十七人が参加した。

 まず久野通広氏が、新人賞受賞の清水春衣氏作品「Jの子」について報告した。現在進行中の入管法改悪問題と重なっていてタイムリーな作品。言葉の問題や在留資格などの問題で、きわめて劣悪な条件で働かされている姿が説明でなく描写で書かれている。殊に冒頭の描写がいい。また、十八頁下段から十九頁上段にかけて、コミカルで批判精神と機知の富んだ展開も読ませるところだ。「J」と具体的に名前を出さない意味も考えさせる。最後のワールドカップの風景に作者の視点の暖かさを感じさせる、などと報告。

 論議では次のような発言などがあった。細かいところまで目配りされている作品。入管法の問題が理屈でなく、具体的に分かるので文学の力を感じさせる。ミカン農家に育ったがトマトが好きで、興味深く読んだ。トマトのにおいの描写も欲しかった。登場人物が生き生きと描かれている。ハッピーエンド、サッカーで終わるのはよかったかどうか。

 作者からは、前日、地元長野県で発生した猟銃発砲事件なども、立場の弱い技能実習生に微妙で深刻な影響を与えることが話された。次回作への決意も語られた。

 黒田健司氏作品「忘れ物はありませんか」について風見梢太郎氏が報告。選評にも書いたように、圧倒的な文章力を感じた。精緻な構成、伏線、細部への気配り、自然な筋の運びなどにも感心した。短編は主題を一つに絞った方がいい、冗長は大敵などとも報告。

 論議では次のような意見などが出された。読みやすい、回想が多いが活かされている。親子関係がよくかけている。仕事への誇りがよみがえり、希望へと変わるさまが描かれている。父との確執が融ける理由が仕事への誇りで、ここを重ねたというのが上手だ。フィクションで作り上げるというのがすごい。卒業後すぐ家を飛び出したが、財政的な父の援助はまったくなかったのだろうか、そこが引っ掛かった。八十枚の長さで盛り込み過ぎという意見もあるが、うまくまとめていると思う。切断された指を上手に象徴的に扱っている。結末にやや唐突さを感じさせる。
 作者からは、俳句や掛け軸は実際の父のものだった。文章は、組合のビラや議案書書きから学んだ。小説は小説教室に通って学んだ。家の整理は体験から書いた。労働組合の仕事をやって来て、いま若い人たちを励まし、誇りを感じて貰いたいと思って小説を書いた。
なお、竹内たかし氏はご本人の都合で欠席。
                          (仙洞田一彦)
 
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