「作者と読者の会」 2014年6月号 



 五月三十日(金)午後六時より、文学会事務所で開催。石垣あきら「望月所長へのメール」を旭爪あかね氏が、長谷川美智子「リバティーに愛をこめて」を田島一氏が、竹内七奈「せつなげな手」を、岩渕剛氏が報告。司会は乙部宗徳氏。参加者十五名。
 「望月所長へのメール」について旭爪氏は作者が、主人公の必然性を大切にして、丁寧に描いていて、誠実さを感じた。美紀の人柄もまじめでやさしく、相手のことを考えて対応している様子が描かれている。男性恐怖症になった原因と思われる父親との関係が描かれると作品世界がより深まるのではと報告した。
 討論では、在宅介護のヘルパーを描いた小説は貴重である。特に、利用者からのクレームには、言いたいことも言えない弱い立場も出ている。最後のメールは短くしてほしい。短編では回想を使うと深みが出るとの意見が出た。作者は、投稿前に支部で合評をしていただくなど仲間からの援助に感謝したい。介護には様々なテーマがある。今後も挑戦していきたいと語った。
 「リバティーに愛をこめて」について、田島氏は、台湾からの引き揚げを描いた貴重な作品。戦後六十八年経た今、取材によって作品を描いた努力に敬意を表したい。母親の瑠璃子に対する印象が強い。極限状態にある母親の心理の形象化に課題があるのではと報告した。討論では、植民地時代に苦しんだ台湾の人もいたはずで、十五歳の英一から見えた現実を描いてほしかった。母親の気がふれたようなふるまいにリアリティを感じた。母親と瑠璃子の戦後を知りたいとの意見があった。
 作者から瑠璃子は作者自身で、兄姉から「おまえは生きたお荷物だった」とずっと聞かされて傷ついてきた。兄が病気になり、明珍が死んだ。兄が生きている間に聞いておかねばと聞き取りつつ書いた。書いたことで、兄姉から感謝され、「あんたが生き残ったのは、これを書くためだったんだね」と言われた。瑠璃子と母親の戦後は、続編になる。それを書かなければ死ねないと語った。
 「せつなげな手」について、岩渕氏は作品世界の年表を示しつつ、時間が前後して読んでいる時に時間を意識するのは困難だが、構成に矛盾はなく、主人公の意識の順に書き進めている。タレントとの握手会での手の感触で、再会を確認しようとする。おちこぼれていく人たちが、どうやって生きて行こうとしているのか描いていると報告した。討論では、タレントと握手した感触から話を展開していくところは、書き慣れていて筆力がある。生への執着が弱い。主人公の自殺の原因をあえて書こうとせず、自己を深めることを拒絶しているが、若い世代の痛みは伝わってくるとの意見がでた。次作に期待。
                                                
 (最上 裕) 
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