「作者と読者の会」 2009年3月号 


 
 二月二十七日(金)、川村俊雄「父の家」、橘あおい「彼岸会」(ともに三月号)をテーマに、九名が参加して開催された。
 「父の家」について報告者岩渕剛氏は、前作「希望の里」(〇七年十月号)の続編であり、養護施設を卒園して八年たった主人公が、突然実父危篤の報を受け、存在さえ知らなかった異母姉兄や父の家庭を知るうちに、自分を養護施設に送った実母の事情なども分っていく姿が一つの軸になっていると述べた。
 その中で、とくに実父とその妻マサと実母との間の、単純には行かない男女の関係などが、主人公には異母兄を通じ不分明な姿で描かれている点に作者の創意が感じられた。殊に、父の通夜に実母が現れ主人公を引き摺り出す顛末で作品を終らせたのは、人の死で残った人々も和解するという予定調和を破る、簡単には解り合えない、水に流せない人間関係を印象づける注目すべき描き方であって、大人になり切れない青年が垣間見た、不分明な大人の世界の描写としても興味深いと指摘した。
 討論では、施設を出て八年になる青年が、実父危篤の報を受けて次々と出会う肉親から感じる心の動きが、過不足なく書かれていて感動した、短い期間に主人公がめまぐるしく出会う人々の人間像が、淡々とではあるが類型的でなくくっきりと書き分けられていて好印象だった、無駄のないテンポのよい文章で、施設で育つという一般にはよく知りえないことがよく推察でき、これからの展開を予感させるなどの感想が出された。

 「彼岸会」について報告者工藤威氏は、二十歳の看護学校生である「私」が、看護師を目ざすきっかけとなった、日中戦争末期の中国に派遣され戦後十三年も帰国が遅れた従軍看護婦である祖母の言葉を反芻し、自分と同じ年頃に白衣姿で写っている祖母の記念写真の明るい姿との対比で、看護師としてのあり方・患者との接し方に不安を感じている中、彼岸に訪れた祖父の家で、祖母の元同僚から当時の話を聞くうちに学び成長していく姿を、自然描写を織り交ぜ、祖父をうまく脇役にして描いた佳作のデビュー作であると述べた。
 討論では、直話での回想部分への違和感、八路軍や従軍的残留等の歴史的背景が難解ではないかなどの指摘があったが、総じて、二十歳の娘らしい感情・職務に悩みながら伸びていく姿が、素直な文章でよく書かれている、日中戦争や沖縄戦の扱い方をもう少し練って欲しかったが、作者の世代で戦争を採り上げる姿勢には感心したなどの感想が述べられた。 
(松井 活) 
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