2021年 各地の文学研究集会
 東海地方文学研究集会の報告◆ 
    東海地方文学研究集会

第三十三回東海地方文学研究集会が十一月七日にオンラインで開催されました。参加は名古屋、岐阜、浜松の三支部と個人参加の合計二十名。

開催にあたっては対面かオンラインか、コロナの状況を見ながら、ギリギリまで支部間で議論を重ねました。最終的には十月三日の支部代表者会議にて、オンラインで行なうことを確認し、その後は担当を浜松支部からオンライン例会で実績のある名古屋支部に変更して準備をすすめました。

当日は十一時から六時間半のロングラン。一時雑音が入るなどありましたが、大きなトラブルもなく終了できてほっとしています。

講師は仙洞田一彦さん。刊行されたばかりの『小説作法』をテキストにして講演していただきました。テーマは「私の小説作法」。構成、ストーリーとプロット、着想、人物の描き方等について、内外の作品を例示し、また自身の創作体験もまじえながら丁寧に話をしていただきました。参加者からは「わかりやすかった」「大変勉強になった」と好評でした。

合評作品は、「そして街角歩行器老人」(岐阜支部・青木重人)、「数学の天才」(浜松支部・井村幸広)、「蕗のとう」(伊豆支部・寺田美智子)の三作品。忌憚のない活発な意見交換が行われ、それぞれの作品を深めることができました。作品を提出された寺田さんの体調がすぐれず、今回参加できなかったことは残念でしたが――。

最後に講師の仙洞田さんから合評作品の総評が述べられました。「作品は一字一句を丁寧に書いていくことが大事だ」と言われたことがとくに私の印象に残りました。時間と空間を矛盾なく描き、人物像をはっきりさせることの大事さを、講演と三つの作品を通して具体的に学びました。今後の創作や批評に生かしていきたいと思います。

閉会後、オンラインで交流会を一時間行ないました。今回は残念ながら、東三河、伊豆、三重支部がそれぞれの事情により参加できませんでした。コロナ禍の厳しい状況が続いていますが、励まし合い、助け合いながら東海地方の文学運動を進めていきたいと改めて思いました。
                   (鬼頭洋一)



 埼玉文学研究集会の報告◆ 
     第27回埼玉文学研究集会

 第二十七回埼玉文学研究集会が十一月十三日、さいたま文学館で開催され、コロナ禍を四支部(県南、西部、西北、東部)から十八名が参加。支部連絡会代表の井辺一平氏が、総選挙の結果、憲法改悪の危険性が高まったが、私達は文学作品を通して平和憲法を守ろう」と挨拶。

 川村俊雄氏(西部)が「連作『孤児だった頃』等にかかわり創作する上で大切にしたいこと」と題して講演。本作は五年かけ一回六十枚で四回連載。東京大空襲で母親が犠牲になり孤児になった十五歳の少年を主人公にした戦後混乱期を生き抜く波乱万丈の物語だ。戦争孤児を救済するために作られた児童養護施設が、戦後七十七年経った現在もその実数は変わらず残り、全国に約六百か所あり約三万人の子ども達が生活している。入所理由は孤児から貧困家庭、親による虐待に変わっているが、根底には経済的貧困と精神的な貧しさがある。それを追求したくて書いたと川村氏は話した。非常に面白い話だった。
川村氏は近松門左衛門、夏目漱石、井上ひさしの名言を紹介して文学論も論じた。民主文学の作品には悪人は出てこず善人ばかり、男女の話はほとんどない、結果として作品に多様性がなく似たような話、日常生活をなぞったような作品が多いのではないか。作り話でも面白さは小説を読む愉しみだ。民主文学の支部誌評で、施設の暴力的な職員を書いたら「大袈裟だ」と評され、中学生の娘の不登校問題でおかしな教師を書いたら「ぶち壊しだ、後味の悪い作品だ」と酷評された。現実を描けといいながらこのような批評態度はまったく腑に落ちない、と作品批評の在り方についても問題提起がなされた。批評の在り方については参加者の関心が高く、発言が相次いだ。民主文学幹事の三原和枝さんが「昔はそんな批評があったと聞いたことはあるが、今は是正されているはずだ」と述べた。結論は打撃的ではない作者を励ます態度での批評が望まれた。

 作品批評では、四支部から提出された作品を、他支部の人がレジュメを用意して報告し、合評を行った。
西部支部の幸村ふく「歩く」を武藤多喜子さん(県南)が、事業に失敗し妻娘と別れて二十年以上も食べ物と寝場所を探し求めて歩き続けるホームレスの主人公幸吉がリアルに描かれている。生活保護は権利というが面倒な申請が阻んでおり、扶養照会廃止の運動に期待していると報告。路上生活者の実態がよく描かれている、心情描写が深い、作者の視線が温かい等の感想があり、女性作家がよく取材できたものだとみな称賛した。ところが作者は「現場取材はしていない、想像して書いた」とのことで驚いた。
県南支部の井辺一平「クーさん」を川村俊雄さん(西部)が、がんの手術で入院した共産党員の牧野が、クーさんと呼ばれる末期がんの患者と出会い、社会のためになにか役に立って死にたいと願うクーさんに入党をすすめる。クーさんは入党して故郷に帰り、党活動に励み短い生涯を終える。共産党の教科書みたいな話で、一般市民が読んでどう感じるだろうかと報告。作者は実際に経験したことをもとに書いたと述べた。

 西北支部の笠原武「縁の下」を三原和枝さん(東部)が、国民学校四年生の真人が職員室近くの縁の下で、マッカーサー指令で天皇崇拝が否定されたことから、奉安殿を池に埋めるか否かの先生達の論争を聞いてしまう。戦後すぐの学校現場の混乱という歴史と問題を少年の目で描いた小説だと報告。本作は民主文学八月号「ダッピ先生」の続編。九十四歳の作者は「十歳のとき実際見聞きしたことだ。天皇を神様扱いしていた先生達が一夜にして変わった」と述べた。作者の記憶力とユーモラスな創作力に拍手がわいた。

 東部支部の塚原理恵「エンゼルケア」を千葉鉄男さん(西北)が、コロナ禍の総合病院で職務とは言え一途にひたすら献身するスタッフの姿を描いて秀逸だと報告。コロナ患者を診る医療現場の大変さがリアルに描かれている、コロナ患者のエンゼルケア(患者が逝去した時の遺体のケア)の感染防止対策の凄さを初めて知った、読めば読むほど感動する力作だ、民主文学に載せてほしい等、好評を得た。作者は「コロナ患者は死んでも家族が会えない理不尽さを痛感し、看護記録を調べて書いた」と話した。
支部交流 各支部から現状や課題等について出し合い、互いの認識を深めた。最後に司会者が、合評作品を提出した作者に感謝し、「出された感想や意見を参酌して作品を推敲し『民主文学』に投稿して頂きたい。来年も作品を持ち寄って研究集会を開催しましょう」と閉会挨拶。コロナ禍のため懇親会は行ず散会した。                   (大石敏和)




 東京文学研究集会の報告 
    東京文学研究集会開く

 第二十五回「東京文学研究集会」が十月二十三日(土)、東京都板橋区の板橋グリーンホールで開かれた。昨年は新型コロナ禍の影響で中止となり、二年ぶりの開催となった。参加者は四十七人。
 仙洞田一彦実行委員長は「今回の集会は『社会と人間の真実を描く』だが、事実と真実は違う。事実をそのまま書いても真実は描けない。理屈ではなく感動が伝わるものに仕上げていくことを大事にして欲しい」とあいさつした。
 午前の部では風見梢太郎氏が「四十年書き続けてようやくわかった 小説を書く上で一番大切なこと」と題して基調講演した。
 風見氏は高校時代のことを描いた「浜風受くる日々に」など八冊の著作の創作体験を語った。
 福島第一原発事故に関わる作品集「風見梢太郎 原発小説集」については「文壇ジャーナリズムの作家と競争してみたい。絶対に負けないという自信があった」と意気込みを語った。反響の一例として中国広東外語外貿大学の楊暁輝教授から同作品集にある小説「森林汚染」の翻訳許可依頼があったことなどを紹介した。
 職場の活動を中心に描いてきた作家として、定年退職後、何を書くべきか悩み介護、LGBTなどの新たな分野に挑戦したほか過去の職場の闘いを振り返る作品に注力しているとした。
 「退職しても職場を描くことをあっさり放棄せず、テーマを追求することで良い作品につながる」とアドバイスした。
 午後の分では十三支部の小説十三作品を、五つの分科会に分かれ合評会が行われた。
 合評した作品、作者、支部は次の通り(敬称略)。
 ▽駆け込み天国さん(佐々木みのり、多摩東支部)▽新しい日常へ(中原遼、野猿の会)▽大坂町奉行裁許帳「哀しい女」(谷本諭、代々木支部)▽ハミ瓜の味(真田誠、野火の会支部)▽証明写真を撮る男(木沼駿一朗、東京東部支部)▽サンドイッチ(希楽生代、渋谷支部)
 ▽お仲人さん(坂田宏子、杉並支部)▽笑顔のために(木原信義、町田支部)▽空襲のやってきた日(田中山五郎、板橋支部)▽国境を渡る風(國府方健)▽暖かい心(能村三千代、滔々の会)▽記憶(今井治介、東京南部支部)▽終の棲家・東海道赤坂宿(中嶋祥子)。
                        (夢前川広)